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これからも経るね〜

新しい社名の候補を思いついた。
「ORDINARY」か「NEW ORDINARY」のどちらか。

松浦弥太郎さんのいつだかの言葉に感銘を受けて、
平凡に暮らすことが僕の人生のテーマになった。

これは兄弟で共有していることでもある。

平凡とは、何もないってこと。
それは、それだけバランスがとれているということ。
そして、平凡を保つための努力が必要だ。
今日も何もなかったなぁというしあわせを感じられたらいい。

僕は大きな喜びもなければ、大きな悲しみもない。
僕はそんな感じない人間だ。
感じすぎる時代は24,5歳の時に終わった。

昔の自分はもう忘れてしまった。
けど、ちょっと思い出してみた。

経て経て、1周して、今の自分がある。

もう忘れてしまったけど、24,5歳まで生きることが常に辛かった。
その分、何かが「ある」ことの幸せを感じていた。
大きな喜びを感じられる人間だった。
大きな苦しみの分だけ、大きな喜びを感じていた。
人生というのは本当にプラマイゼロなのかもしれない。

今は、というかもう10年ぐらいは、基本、楽にいきている。
この前、弟と話すまでは、そういう自分に後ろめたさというかすっきりしない感じがあったのだけど、
そういう自分を「許す」という新たな気づきを頂いた。

その考えにちょっと足を踏み入れたというか、まだすぐにでも戻りそうとういう感じではあるけど。

そんな自分を完全に許すことができたら、きっと「ない」ことの幸せを感じられるはずだ。
でも、ちょっと分かりかけている感じもある。

ストレスもそれが当たり前になりすぎて、自分でも気づかなくなってることがまだあるかもしれないと思った。

ちょっと変わったことで、夫婦の在り方なんかもちょっと変わってきた。
ただ一緒に暮らしているだけで、尊いことだ。と感じられるようになってきた。

また弟と話したいな。
月一のミーティングが楽しみだ。

僕は平凡を愛している。
だから、オーディナリー。
どうかな。

ちなみに大きな喜びって何だろうと思い出してみた。
高校生の時、初めて付き合った子と初デートで三島のジョイランドに映画を見に行った。
大場駅から、ジョイランドまで二人で歩いて行った。
手を繋いで行った。
あの時の喜びを思い出した。
ちなみに大場駅から、ジョイランドまで、僕はずっと勃起していた。
それも思い出した。

そんな「ある」幸せは今は感じられない。
でも、今はひとつランクが上の(ほんとは上とかないけど)何も「ない」幸せを感じられるはずだ。

経たからね。

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